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Icon admin ORANGE BRAINERY Desk
2018/Aug/08 18:53

天草と南蛮食文化を旅する夏の夜 vol.2 イベントレポート

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先日行われた「天草と南蛮食文化を旅する夏の夜」。

ゲストには、ポルトガル食堂主宰の馬田草織さん、天草市職員の祓輪麻由さん、天草飴本舗代表の明瀬晴彦さん、天草イルカラボ代表の高崎ひろみさん、4名にお越しいただきました。

(左から、天草イルカラボ代表の高崎ひろみさん、天草飴本舗代表の明瀬晴彦さん、ポルトガル食堂主宰の馬田草織さん、天草市職員の祓輪麻由さん)

 

世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、キリスト教が伝来した後の”潜伏期”にフォーカスされましたが、今回は伝来期・繁栄期・禁教期・潜伏期・復活期の中でも伝来期に日本へ伝わった“南蛮菓子”をテーマに。

南蛮文化とは、16世紀にポルトガルやスペインなどからやってきた文化であり、イエズス会の宣教師や南蛮船の乗組員、商人などがもたらした文化。南蛮菓子は、日本人が初めて出会った西欧の食文化のひとつ。卵や砂糖を使った栄養たっぷりの甘いお菓子は、それまでの日本にはない、未知の味わいだったそうです。

南蛮菓子は、今でも日本の九州地方のあちこちに残っています。カステラや丸ボーロは代表的ですが、熊本銘菓の「加勢以多」や「松の雪」のようなあまり知られていない南蛮菓子も多くあるとか。

南蛮菓子が伝来した当時、病院を訪れる日本人患者の多くが栄養失調の症状だったため、イエズス会の宣教師ルイス・デ・アルメイダが栄養分豊富な南蛮菓子を与えていたのではないかという記録があったり、また当時の菓子職人にレシピを教えていたと云い伝えられていたり。アルメイダさんの足跡を辿れば、南蛮菓子の歴史を巡る旅になりそうです。

また、ディオゴ・デ・メスキータ神父がリスボンからイチジクの1本の木を持ち込み、天草の地に植えたという記録があります。天草では、今でも「イチジク」は南蛮柿と呼ばれ、天草の民家の庭にも必ずと行っていいほど植わっているそう。そしてその天草の地で、南蛮柿や天草の他食材を活用して南蛮菓子を創作されている菓子職人・明瀬さん。彼の創作意欲と愛情はそれぞれの作品(商品)に強く吹き込まれています。

他にも、6月の世界遺産会議(バーレーン開催)に参加された天草市職員・祓輪さんから世界文化遺産登録決定の舞台裏のエピソードを伺ったり、世界のイルカの生息地を巡った後に天草へ辿り着き、昨年天草に移住された天草イルカラボ代表の高崎さんに天草のイルカのお話を伺ったり。(天草はイルカの聖地なんです!知ってました?高確率で野生のイルカを見ることができるんです!)

 

天草が“宝島”と呼ばれている所以には、南蛮文化の影響も大きい。南蛮文化が色濃く残り、そこから独自の文化を生み出す天草。歴史や文化、自然、豊富な食材はもちろんのこと、何と言っても“人”が素晴らしい。今回のゲストの皆さんも、恥ずかしがっていた様子は何処へやら、いつの間にか情熱溢れるマシンガントークに‥。

人材の宝庫、天草です。

ぜひ、今年の夏は、天草と南蛮文化を旅してみてはいかがでしょうか?